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1998/11/04 第14回

1998/11/04 第14回

増田 宗昭氏 : (C.C.C会長)
「情報の流通革命」

 

増田 宗昭氏 : (C.C.C会長)

1951年 大阪府生まれ *肩書きは講演時のものです。 カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)代表取締役会長。 (株)ディレク・ティービー代表取締役社長。 1973年 同志社大学経済学部卒、鈴屋に入社。 1983年 鈴屋退社後 蔦屋書店を創業。 1985年 カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社設立。 1995年 株式会社ディレク・ティービー設立。 その他通産省産業構造審議会委員、ニュービジネス協議会マルチメディア委員会委員長。

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司会  リバティー・オープン・カレッジは皆さんもうご存じかと思いますが、これからの激動の時代に 向けて、各界の達人の生きた知識にふれることによって、自己改革のきっかけにして頂いたり、或いは色々と模索しながら自分のモノサシづくりを考えるその きっかけを提供していこうということを目的に21世紀倶楽部が中心となって行っております。
今回で14回目を迎えました。本日のゲストは、もう遊びの王様という名前がピッタリというぐらい非常に楽しい方なんですが、カルチュア・コンビニエンス・クラブ会長(注:99年4月より社長に就任)でいらっしゃいます増田宗昭さんにお越し頂いております。
では、拍手でお迎えください。増田さんお願いします。(拍手) では、簡単にプロフィールをご紹介させて頂きます。増田さんは1951年に大阪に生まれられました。1973年に同志社大学経済学部を卒業後、ファッション専門店の鈴屋に入社されました。
そして、軽井沢ベルコモンズの開発等を手掛け、1983年に退社、そして同じ83年に蔦屋書店を創業されました。1985年カルチュア・コンビニエンス・ クラブ株式会社を設立、そして1995年にアメリカ ディレク・ティービー・インターナショナル社と宇宙通信株式会社、大日本印刷株式会社と共にディレク・ティービーを設立されました。
※注:現在ほかに松下電器産業(株)、(株)徳間書店、三菱商事(株)、三菱電機(株)、 オリックス(株)、日本アイ・ビー・エム(株)も参加 そのほか通産省産業構造審議会委員もおつとめになっています。
本日のテーマは21世紀に向けた情報の流通革命ということで、増田さんよりお話を伺いたいと思います。前回ここで講演を行いました日枝社長が、増田さんのことを日本最高のマーケッターだと絶賛しておりました。では、増田さん宜しくお願い致します。
増田  増田でございます。どうぞよろしくお願いします。(拍手)。
今回はTSUTAYAの事業を行っているCCCとディレク・ティービーの話をしようかと思っています。
まず創業までの話を簡単にしておきます。僕は、高校の時も、同志社大学に行っても、バンドをやってたんですが、あるレコード会社のオーディション受けて落とされまして、音楽の道は断念しました。
だけど市役所みたいな堅い仕事は僕には向かないのでファッション業界に入ったわけです。それで昭和58年まで鈴屋さんでファッションの仕事をしていました。
話がさかのぼりますが、控え室でも聞かれたのでTSUTAYAの由来について先にご説明しておきます。僕は大阪の枚方出身なんですが、枚方というところは京都と大阪の真ん中にあるんです。
宿場町なんですね。淀川っていう川があって、そこは渡し舟の着き場所だったんです。そういう渡し舟の着き場所、京都と大阪の真ん中の宿場町といったら当然 色街が栄えます。色街が自然発生的に生まれて、そこで、僕のおじいさんが東大阪から裸一貫で出て来て、増田組っていうのを興したんです。
関西出身の人は知ってられるかもしれませんが、枚方菊人形で有名な、枚方パークを増田組で工事したわけです。褒美に5,000円もらいましたよ当時。今で いう5,000万円ぐらいです。褒美で5,000万円かなんかもらって、その時に何を始めたかというと、増田組をやりながら置屋を始めたんですね。その枚 方の色街で。
その屋号が蔦屋です。ですから、僕は増田組三代目ということになります。
僕は昭和26年生まれと言いましたが、昭和33年の売春禁止法の時に蔦屋は廃業いたしました。ところが隣や向かいの置屋はまだずっとやってました。ですか ら、僕が中学生ぐらいの思春期の頃、まだ置屋やってたんですね。そういう環境で育ちました。いつも運河で夕涼みしている女郎さんの前を行ったり来たりした り、或いは勉強してたらいつも女郎さんが上半身裸でお化粧してると。
こういう中で、僕付きのお手伝いさんまでいましたから。わけの分からない思春期を過ごしたというのがTSUTAYAの始まりというわけなんです。
話を元に戻しますと、僕は鈴屋さんで10年お世話になって、退職金200万円戴いて、それで、その半分の100万円で始めたのが今のTSUTAYAです。
創業した時から本も売ってますし、ビデオもレンタルしてますし、今現在のTSUTAYAのスタイルはその昭和58年の時から始めています。TSUTAYA というとよくビデオレンタル屋って言われるんですが、本当のTSUTAYA、僕が創業した頃のTSUTAYA、或いは地方へ行った時に見ていただく形の TSUAYAっていうのは、本も売ってますし、CDも売ってます。
TSUTAYA東香里店のご説明をしましょう。これは大阪のベッドタウンの、敷地が3,000坪、売場面積が500坪のTSUTAYAです。2階建てで、1階が本屋さんです。地域では売上一番の本屋です。
こちらが、CD売場で、これ60坪。これも多分地域では、一番のCD屋です。
それから、当然ビデオのレンタルやCDのレンタルもやっています。それから、パソコンのソフト、そしてインターネットカフェということで、この団地の奥さ んたちが、子ども連れで来て、インターネットを教えながらを本を見て、CDを買って、ビデオを借りて、CDを借りてみたいなことが出来るお店なんです。
フランチャイズビジネスっていうのは、コンビニエンスストアなんかですと、3,000万円位で出来ます。
ところが僕らのこのTSUTAYAの業態は小さい店で3億円、大きくなると5億円以上かかります。ですから、フランチャイズビジネスっていうのは、だいた い本部がお金持ち、そしてフランチャイジーの人はだいたい脱サラの人が多いんですけど、うちの場合は逆でして、本部が脱サラ、100万円しかないと。
今現在、全国に950店舗位稼動しています。今まで作ったお店じゃなくて、今動いているお店が950店舗ということです。
この中でTSUTAYAの会員証持っているという人ちょっと手を挙げていただけませんか。ありがとうございます。現在だいたい、会員の方が、今、手を挙げていただいた方を含めて、1,200万人で、これは今現在使えるカードを持っていらっしゃる方です。
一度はカードを持ったという人が1,700万人います。ですから、1,200万人のアクティブメンバーがいるということは、日本の人口のだいたい10人に 1人の割合ということで、もちろんこれはおじいちゃんも、おばあちゃんも、赤ちゃんも全部入れての率ということになります。
例えば去年うちが採用させてもらった新卒の人は300人います。600人しか社員いないのに300人社員採ったんです。ですから、3人に1人は新入社員み たいな、おかしな会社なんですけど、その新卒の応募が5万人位あったんです。その説明会で「TSUTAYAの会員証持ってる人は」って言うと、5万人のう ち100%近い人がTSUTAYAのカードを持っていらっしゃいました。
このクラスター図を見ていただいたら分かるように、だいたい大学生くらいの男女が一番多いというのがTSUTAYAの会員です。だんだん上にいくと少なくなってきます。
日本の人口構成ではこの46歳位がピークで、本来ですとこういうふうにピラミッドがあるんですけど、やっぱりこの頃の人達はエンターテイメントに対する欲 求が下がってるか、忙しいかのどちらかです。忙しい人の為にやったのがディレク・ティービーなので、後で別に話をします。
それから、その950店舗で1,200万人のお客さんが使って頂いている金額を基に、各業態別でCCCのポジションを整理したランキングがこちらです。
一番最初にレンタルビデオとか、レンタルCDのランキング。CCCのお店で使っていただいているのが約1000億円で1位になっています。
それから、本の方も、例えば新潟へ行ったり、釧路へ行ったり、帯広へ行って「一番大きな本屋はどこですか」って聞くと、「TSUTAYAです」って必ず言われます。地域で一番の本屋っていうのが、TSUTAYAであることが増えてきています。
それから、CDの販売も、TSUTAYA RECOREDSというブランドでやってまして、1位の新星堂さんに次いで、日本では2番のCD屋さんになっています。
それから、テープの販売では断トツ一番です。チケットも、私共、ぴあさんとコンピュータをつなげて売っています。それから、今年の冬からドリームキャス ト、ソニーのプレイステーション、任天堂さんを本格的に扱う予定でいますので、ここに今度ゲームというのが入ってくると思います。
つまりTSUTAYAの売上は末端での合計を全部足すと約2,000億円を超えると思います。そのうち半分はレンタル売上ですが、半分以上の売上が、実は 本の売上であったり、CDの売上であるということで、TSUTAYAというのは、レンタル屋というより、パッケージを介して情報を流通するパッケージの ディストリビュータと言えるということです。
そして本屋とかCD屋という限定じゃなくて、すべてのパッケージメディアを扱うマルチパッケージストアということなんです。
結果としてどうなのか、ということですが、去年レンタルされたビデオの本数を調べてみましたところ、総本数で1億5,000万本ありました。映画を日本で 見る環境というのは、まず、一番は映画館です。映画館は日本に1884館。これは、日本のゴルフ場はだいたい2,000ヶ所ありますから、ゴルフ場にほぼ 匹敵する映画館が日本にはあります。
その映画館へ行く日本人っていうのは、だいたい一年間で1億4,000万人です。これは、日本の皆さん1人1人が一年に一回行く勘定です。
おじいちゃん、おばあちゃん、赤ちゃんは行きませんから、皆さん方のクラスですと、年に2・3回行くというふうになるんでしょうか。映画館へ行くというこ とも、ビデオを借りるということも、そのコンテンツを見るということですから、同じことだと思うんですね。
ビデオの場合、一人で何本も借りる方もいらっしゃいますが、逆に1本のビデオを家族4人で楽しむ場合もあるというようなことを考えると、だいたい「貸し出 し本数=見た人の数」ということになります。つまり、元々、資本金が100万円しかなかった会社が、わずか10数年の間に、日本の映画館による映画の利用 数を上回る利用者を有するようになれたということです。
今日言いたいことの結論だけ先に言っておきますと、僕はこれからの時代で大事なミッションは何かというと、情報の生産と情報の流通革命をやることだということなんです。
このことの意味は何かというと、事業というのは、基本的に売上になるものだと、僕は思っています。売上、お金にならないものは事業じゃないと。売上の構成 要素とは何かというものを考えたら、基本的には2つです。誰かが何かを買う。それはサービスであれ、情報であれ、物であれ何でもいいんです。お客がお金を 払う、代価があって事業が成り立つ。
店舗だとか、ネットワークだとかは、そんなのは事業の表層であって、基本ファクターじゃない。基本ファクターは誰かの為の何か、もしくは誰かが何かを買う、とこれだけです。これによって、事業の形態というのは表すべきだと思っているんです。
戦後、日本が豊かでない時に、日本人、あるいは、世界の人達は何を商品価値として認めるかといったら、食べる物がない、着る物がないということで、そう いった「物」が欲しかったんです。それが買えるとなると、お金を払ったんですね。これは、当たり前のことで分かりますよね。戦後の物がない時は、物に価値 があるから、物価値の時代。
そして、そういう時の時代のミッションって何かというと、物を作れることはすごく正しい。そして、それを身近で買えるようにするっていうことは正しいわけ です。これが多分、時代のミッションだったと思うんですね。ただ単に生産をやったり、流通するだけではなくて、そこに革命をもたらしたんです。いわゆる、 産業革命と流通革命です。産業革命って何かって言ったら、物がない時に、コツコツやってた職人さんがやってる物作りを、誰でも出来るようにしたということ なんです。
この結果、工場という仕組みを使って、高品質でたくさんの物を安く出来るようになったんです。それが産業革命です。
そうすると、こういう、たくさんの高品質の安い工業製品が出来た時に、流通革命をするチャンスが生まれたわけですね。すなわち、僕らが、今、コンビニエン スストアを利用したり、スーパーマーケットに行ったり、ショッピングセンターに行ったりしていますが、あれそのものが、まず流通革命ですね。ダイエーの中 内さん、西武の堤さん、イトーヨーカ堂の鈴木さんがやったのが流通革命ということです。
結果、何が起こったかというと、物的豊かな社会が起こったんですね。だけど、僕らの世代、あるいは皆さんの世代っていうのは、物にお金を払わない人達が生 まれてきたんですね。もちろん、ブルガリの時計が欲しいし、ナイキのゴルフの服も欲しい、車もいいのあったら欲しいんだけれども、欲しいと言われる物は、 だんだんコンテンツに偏ってきたんですね。
分かりやすく言えば、タイタニック見たいっていうことです。タイタニックのビデオが欲しいっていうことです。僕らが元気が出る要素っていうのは、もちろ ん、アルマーニのセーターもらったら嬉しいかもしれないけれども、それ以上に、好きな人とタイタニックを見ることの方が元気が出るわけですよね。
というふうに、人が勇気付けられるというのは、だんだん物じゃなくて情報にシフトしてきているということだと思うんです。人が欲しがる価値が、だんだん物から情報にシフトしてきているということです。
じゃあ、情報価値の時代が来たらどういうことがミッションであるかって言ったら、これも単純で、すなわち、コンテンツの生産革命とコンテンツの流通革命が、世の中では求められているというわけです。これだけです。これが僕の全部のテーマです。
今まで、お話ししたTSUTAYAのやってきたことっていうのは、まさに流通革命をやったと、近所にTSUTAYAが出来たら便利だと、それだけなんですよ。生産革命の話をすると、またちょっと長くなるので、話を飛ばしましょう。
TSUTAYAのお店っていうのは、全部、自分のお店で発注をしているのではなくて、CCCていうヘッドクォーターが全部やっています。どうやっているか と言うと、皆さんがお使いになったカードと商品のコードを、毎日毎日、本部に全部送るんです。本部で分析をして、本部がお店の代わりに発注するんです。な ぜかと言うと、日本は多分、一番エンターテイメントの発売数の多い国です。ビデオで言いますと、アメリカだと、だいたい250タイトル位が、毎月出ますけ ど、日本は600タイトル出ます。
それから、音楽に関して言うと、CDとCDシングルで2,000タイトル出ます。商品は何回も貸し出しされるものでないといけないので、そのうち9割は仕 入れません。ですから、音楽で言うと200タイトル、ビデオですと、600タイトル、そのうち同タイトルを100本入れたり、200本入れたり、1本入れ たり、というふうにするんですけれども、いずれにしても9割は切らなきゃいけないんです。その切る作業が、ものすごく難しいので、僕らがお店の代わりに9 割カットと、お店ごとに応じた発注をすると。その為に、TSUTAYAのお店は全部コンピュータでつながってまして、全部のお店のデータ全部をここで見る ことができます。
この発注代行システムをもって、僕らがお店の大事な仕入資金を、代わりに運用する。コンピュータで発注をエントリーしますと、そのデータがそのまま問屋を 流れて、メーカーさんへ行きます。フランチャイズのオーナーがTSUTAYAを何店舗つくられても、品揃えに関しては、発注代行システムでサポートしてい ます。
以上がTSUTAYAの話です。
次はディレク・ティービーの話をしてみたいと思います。冒頭にお話しするのを忘れましたけれども、昭和58年に100万円でTSUTAYAを始めてから、今、グループ会社全部で40社以上あります。
その中の一つに、アメリカとの合併会社がありまして、そこのアメリカの本体の方の役員を9年前からやっているんです。2ヶ月に1回位ボードミーティングに 出ています。3年前のある日に、パームスプリングスでボードミーティングがあって、たまたま、そこのボードが俺の別荘に来ないかって招待してくれたわけで す。プールで泳いで、バーベキューして、そしてリビングへ行きましたら、でっかいモニターがあって、「いい物見せてやろう」って電源をボンって入れたんで すね。
そしたら、その時に出てきた画面がすごい奇麗な画面でした。アメリカでは皆さんご存じのように、ケーブルにしても、地上波にしても、すっごい画質汚いです よね。で、「なんでこんな汚いので辛抱出来るのか」っていうぐらい汚かったんですけれども、僕が見たその大画面の映像っていうのは、ものすごく奇麗だった んです。
まだ日本はのCS放送は100チャンネルいってませんけれども、当時のアメリカで僕が見たのは、もう既に200チャンネル超えてたんです。「こんな200 チャンネルどうやって見るのか」と言ったところ、「これを見てみなさい」と言われて、映されたのが、パソコンで言うところのYaHooみたいなサーチエン ジン機能だったんです。
ジャンルごとに検索できるし、他にもいろんな検索システムが付いていて、「なるほど、これならすぐに見たいもの見れるな」みたいなことで、「これはどうす れば見れるようになるのか」と聞いたら、「これはヒューズっていう会社がやってる」ということを聞いて、それで、日本に帰って、映画業界の人、音楽業界の 人、テレビ業界の人、皆に聞いたんですよ。「ディレク・ティービー知ってる?」って。誰も知らなかったんです。3年前。
今でこそ、スカパーとか、ディレク・ティービーって、たいてい皆さんご存じですけど、当時、衛星デジタル放送の多チャンネルって、誰も知らなかったんで す。そしたら、これを僕がやってやろうかなと、単純に思ったんですね。ちょうどボードミーティングがあったのが2月です。2月に帰ってきて、1週間位経っ て、「ヒューズの社長を紹介してやるわ」って人がいて、「じゃあ、会いに行くわ」と言って、また1人でヒュッとアメリカに行ったんですよ。
ヒューズの社長にアポ取って、「これを日本でやらせてほしい」ということを交渉しはじめました。3月にこのディレク・ティービー担当の社長が日本へ来たんです。うちのシステム全部見せて、そしたら、「これは本気だな」っていうことになった。
それで、今度ヒューズ全体の一番チェアマンに会ってくれと、COに。
そのヒューズまで「日本のディレク・ティービーやる時は、僕とやろう」みたいなことを言いに行きまして、それでそのチェアマンが、日本へまた来てくれたん です。わざわざ、うちの会社を見に来た。2月に僕がパームスプリングスでこれを見つけて、ゴチャゴチャ3月、4月とやって、6月にはもう覚え書きを交わし て、9月にはもう会社を作ったんです。それで、すぐに事業会社にして、放送を開始したのが去年の12月1日です。
衛星デジタル放送の仕組みは、皆さんご存じだと思うんですが、簡単に言ってしまうとですね、衛星を使って電波を落とすのはWOWOWさんとも過去のCSさんとも何にも変わりません。「デジタルっていうのは何だ」っていうことなんです。
デジタルの特徴っていうのは3つありまして、1つは劣化しにくいということなんです。デジタルだから劣化しにくいんです。アナログと違って、影響を受けに くいんですよね、記号化されているから。そのことが1つ。比較的電波障害のある所なんかで見ると音も映像も、アナログに比べてすごい奇麗に見えます。それ が、僕がアメリカで見たディレク・ティービーだったわけです。
2つ目は、圧縮できるということです。圧縮できるっていうことは、どういうことかって言うと、この1枚のトランスポンダに対して、だいたい4分の1から8 分の1に電波を圧縮するMPEG2という技術が開発されたんです。この技術を利用するとデータ容量が4分の1から8分の1で済むというわけなんです。これ コンピュータで全部処理するんです。
それが出来るようになって、例えば1ヶ月に1チャンネルでかかる料金が3,000万円だとしたら、今アメリカでは転送料が10 分の1になっているので、1ヶ月に300万円の電波料で放送が出来るようになると、こういうことです。1ヶ月に300万円と言うと1日10万円です。1日 10万円あったら、1波を支配できるんです。まだ見る人少ないですよ、全然。だけど、こういうことで圧縮が出来るということは、誰でも放送出来る環境が 整ったということです。いわゆる、「革命が起こった」っていうことなんです。放送の。
3つ目の特徴は、ディレク・ティービーの機械っていうのは、ICカードを搭載してて、いつ誰が何をご覧になったっていうデータを蓄積できるということで す。ICカードに。それをディレク・ティービー側から1人ずつ別々に「今日、今、ここにたまったデータを送りなさい」っていうのを、指示するんです。この ICカードに蓄積されたデータをディレク・ティービーが回収して、お客さんが見た分だけ請求して、お金が入ってきて、それを番組提供者の人に配分すると、 いわば課金代行業者ということなんです。
というようなことで、コンテンツさえあれば、誰でも放送業に参入できるというようなことがディレク・ティービーで実現しています。
そろそろ時間なので終わりにします。どうもありがとうございました(拍手)。
司会 ありがとうございました。話し足りないでしょう。この後、トークショーでもっと色々と伺いたいと思いますので、少々お待ちください。前のセッティングがありますので、このままお待ち下さい。
増田  言い忘れたことを、一つ言っておきますと、東京の渋谷のハチ公前に、工事している場所があると思います。ハチ公のまん前に。
すなわち、公園通りに上がっていくのと、センター街へ行く、このちょうど一番ハチ公の横断歩道に近い場所を2年程前に全部借りまして、TSUTAYAをやろうと思っています。
これからの時代っていうのは、多分、パッケージとか、衛星とか、あるいは、ネットワークだとか、地上波だとか、そういう、垣根を全部取っ払っちゃって、コンテンツの本当のマルチユースが当たり前の時代が来ると思うんですね。
そういう理屈っぽいことを言うよりも、ソニータワーじゃないけれども、そのビルで「これから世の中って、こう変わるんじゃないか」って僕が描いているイ メージ、例えばパソコンを利用してインターネットとパッケージっていうのは、どんなふうにリンクするのかとか、あるいは、テレビって言うのはどんなふうに 変わるのかとかを表現したいんです。
もう一つ言い忘れましたけれども、今月からディレク・ティービーが双方向のサービスも始めました。
例えば今、どんなプレゼントやってるのかって、ピッとクリックすると、プレゼントのメールが来て、それのアンケートをピッピッピッと応えて、ピッと返送す ると、そのまま皆さん方のアドレス付きで返送されて、それが全部コンピュータで出せるシステムを、ディレク・ティービーは去年の12月1日に売り出した時 から付けてるんです。全チャンネルがいずれ双方向になると思います。
専門特化された、例えば、Jリーグの試合がやっているとしたら、その選手の戦歴だとか、これからの試合スケジュールだとかを皆さん知りたいですよね。例え ば、アーティストのライブだったら、それはいつどこで見れるのかということを全部データベースにして、欲しければそれをクリックすると、自宅へ届くとか。 そういう機能を最初から搭載していて、実験も成功して、実際サービスも始めてます。
多分、専門特化されたチャンネルは全部双方向になるって思いますが、レジャーチャンネルっていう競艇チャンネルでとりあえずスタートしました。例えば、皆 さん天気予報の専門チャンネルがあるじゃないですか。あれいつもカッタルイわけです。自分の地域が出てくるまで、すごく時間かかるから。交通情報もそうで す。東京で九州の交通情報見てても、しようがないですもん。
例えば、天気予報で言えば、自分が行くゴルフ場と自分の家を登録しておけば、そのチャンネルを選んだ瞬間、そこしか出て来ない。というサービスなんです。僕らが考えているのは。
株価でも、株価専門チャンネルあるけど、自分が買ってる銘柄だけ見たいのに、もうダラダラ出て来るじゃない。こんなのおもしろくないと。だから自分でク リックして番号登録しておけば、いつもそのチャンネルが最初から出てくる。自分の買ってる銘柄が。そんなテレビなんです。これがとりあえずスタートしまし たけれども、これからどんどんいろんなチャンネルが普及していくと思います。
司会 ここは、事前に皆さんから増田さんに質問を預かっていますので、私が代わりに読まさせて頂きます。遅れましたが、田代と申します。フジテレビです。宜しくお願いいたします。
まず、ディレク・ティービーのお話ちょっと終わっていたので、ディレク・ティービーのお話から伺おうと思うのですが、どれくらいCSって普及していくと思われますか。
増田 僕はサッパリ分からない。ただ、キーワードで言えるのは、この間WOWOWの佐久間社長から面白い話聞いたんだけど、「増田君、5%普及がキーだよ」って言われたんです。
これ皆さん覚えておいて下さい。5%普及。これは何を意味しているかというとね、5%普及するまで、例えば、白黒テレビだと6年位かかったんです。5%普 及まで。ところが、5%から10%いくのに7ヶ月で行ったんです。10%から15%行くのに4ヶ月で行ったんです。過去6年かかったのが、4ヶ月、15か ら20の時はわずか3ヶ月で行ったんです。というふうに、「5%超えるとドワーッと普及するよ」と、いうふうに言われて、カラーテレビ調べてみたら、カ ラーテレビは7年かかったんです。5%普及するのに。ところが5%から10%に行くのには同じように7ヶ月位です。7年かかってたのが10から20の時は 3ヶ月で行くようになるんですよね。じゃあ、CSはどうかって見てみると、今、3か4ぐらいじゃないですか。だから今年の冬、うちもスカパーさんも頑張っ て4とか5に行くとね、ガーッと行くと思うな。多分、皆さん方が想像されているような多チャンネルじゃないと思いますから。僕は。
司会 どういうふうな。
増田 僕も分からない。というのはね、ビデオレンタルの普及とすごくよく似てるんです。CSって。「今、CS持ってる人いますか」。スカパーかディレクか。ほとんどいないと、あっ、いた。
司会 あっ、一人。
増田  はい。ありがとう。メディアの取材受けていると、色々な人が来られます。新聞のメディアの担当だとか。たくさん来た。僕は聞くんです。必ず。
「スカパー持ってますか」、「ディレク持ってますか」。持ってた人、2人か3人ですよ。本来、情報持ってる人が一番デシジョンうまいわけだから、そういう人が本来買うはずなのに、買ってない。
ということは、売れないんですよ、まだ。売れるような商品になってない。じゃあ、一体うちのお客さんで20万人も買ったの誰だって、調べさせた。そうしたら2種類の人。分かりますか。1種類はお金持ちの人です。
なぜお金持ちかって言うと、ユーザーアンケートで調べてみたんです。「出る物は何でも買う」っていう余裕のある人たちは、BS、WOWOW、スカパーそしてディレクにも加入しているんです。
それからもう一つの人は、この番組見たいっていう人なんです。1チャンネルなんですよ。競馬のこれを見たいとか、アニメシアターエックスを見たいとか、いわゆるファンというのかな。2種類しかいない。
この状況では、いわゆる大衆はまだ動いてないんですよ。お金持ちの人と、それから、ファンの人が高いディレクのハードルを乗り越えた、CSのハードルを乗り越えたというだけでは、ビジネスにならない。
なぜかと言ったら、僕がTSUTAYAを始めて、ビデオのレンタルをしようっていった時に、日本にビデオメーカーがなかった。ビデオメーカーなくて、どうしたかって言うと、アメリカに行ってビデオを買ってきた。
1本4万円したんですけど、100本だけ買って店頭に置いたんです。字幕入ってない。こんなの「ビデオレンタルってカッコいいけど、誰が借りてくれるの か」みたいな。「レンタル料金どうしましょうか」って言っても誰もやってないから相場がない。「じゃあ、映画館より安くしよう」って言って1,500円 で。「入会金いただこう」って、4万円の物預けるから、5,000円。5,000円 の入会金で1泊2日1,500円で、たった100本の映画の字幕なしビデオのレンタルをやったんです。
司会 私、勘違いしてましたけど、レンタル業自体、増田さんが始められたんですか。日本で。ビデオのレンタルだけじゃなくて、本屋もCDもすべて総合してさっきおっしゃってたパッケージメディアですか。だから成功したのではなくて、それ自体、レンタル業自体。
増田 ビデオはあったんです。アダルトビデオ屋とか。そういうのはもうビデオレンタルとしてあったん ですが、普通のレンタル屋ってなかったんです。今、そんなビデオ屋があったら行きますか?5,000円取られて、100本しかなくて、1,500円また取 られて、デッキ買おうと思ったら12万円。よっぽど金持ってるか、映画好きかって、すなわち、さっき言ったことと同じなんです。
司会 そういう意味では、まあ普及する可能性もあるわけですね。
増田 そう。じゃあ、今、レンタル料金がどうなってるって言ったら、1,500円が1,000円、 700円、500円、300円、それから、入会金は5,000円から1,000円になって、今は入会金なんか取ってないところもある。じゃあ本数は、って 言ったら、恵比寿のガーデンプレイスのお店で6万本くらいあるんじゃない。というふうになったら、会員の人が例えば恵比寿のお店で5万人位いるんですよ。 というふうになるわけです。それはやっぱり、コンテンツが充実して、それからお客さんも分かって来るから。今はビデオデッキって19,800円で売ってる じゃない。すなわち、ハードルがドーンと下がった、大衆が乗り越えた。だから全国にレンタル店が1万店出来たっていうことだから、もっとコンテンツに関わ る人がいっぱい出て来なければいけない。
司会 ディレク・ティービー社長を退任されたことについては?
増田  簡単に言うとね。これ皆さん方参考にしてほしいんだけど、人間って理解の領域がある。
例えば、この中で、「富良野のフォーシーズンの、あのドアの感じっていいよね」って言った時に、知ってる人は「うん、あの木の感じいいよね」って言えるじゃないですか。
ところが、フォーシーズン知らない人に、フォーシーズンのドアの話をしても分からないんですよ。別にフォーシーズンのドアを知ってるからどうということ じゃなくて、人間には全部、理解の領域があるっていうことです。それを飛び越えたところが分からないんですよ。  僕らがやろうとしている仕事、新しいマーケットを作るとか、新しい技術開発するって言うと、だいたいの人の理解の領域の外にあるんです。僕は常にいろん な仕事のアイデアを言ってきたけど「それは早すぎる」とか、「危険が多い」とか何とかだとかで結局実現できない。何でかって言うと、見えてないから。見え てないからリスクテイク出来ない。
ここにいる人もそういうこと、経験してると思うけど、「何でこんなあほなことするんだろう」とか「何でこういうことしないんだろう」って思うことあるで しょう。特に新しい事業とか、新しい市場を作る時は、見えてる人がやらなきゃいけない。ディレク・ティービーでは51%の株を持つことができなかったか ら、何を決めるのも多数決だった。その際に僕が見えていること、考えていることを他の人たちに説明することが十分にできなかった。
司会 さっきおっしゃった、もっと面白いことやらなきゃいけないっておっしゃってましたよね。そこが理解されなかったんですか。
増田 それは、ありとあらゆること。例えば、会社を作っていくとか、会社の文化を作るとか、あるいは、流通戦略どうするかとか、細かなディテールの話。それともう1コ、分からない人に説明すること、僕、手抜いてたから。
司会 「感覚で分かってくれよ」っていうところがあったのかもしれませんね。
増田 それが僕の未熟さだったかな。
司会 いや、未熟さとは、そんな。それでTSUTAYAの頃のお話も聞いて下さい、ということなんで すが、これだけ大きいTSUTAYAという会社になって、その前が鈴屋でいらっしゃるんですよね。いわゆるサラリーマンとして働いていらして、そこを辞め て100万円でこの会社を作るって、そのキッカケは何だったんですか。どういうふうにイメージが浮かんできたんですか。
増田 やっぱりマーケットが見えたっていうかね、先程言った、お客さんがファッションじゃなくてイ メージを求めてるって、肌で分かったんですよ。豊かな社会って、元気が出ることって脳なんですよね。脳かハートか。だから脳とかハートに元気を付けるもの が、これから世の中必要だと思ったわけです。僕の場合、音楽やってたから、音楽だって思って、そうしたら当時レンタルレコードて出てきて、「レンタルレ コードって便利だし、いいよな」って思ってた。それとか、夜、本買いたいのに本屋開いていなかったし、あるいは、車で行きたいのに、車止める所ないし、み たいな、そういうお客側の不満みたいなものを、事業化しただけなんですよ。簡単に言えば。
司会 企業家として、人生の中で最も印象に残っている出来事は何ですか。
増田 毎日すごく印象的だから、本当に。まず、僕は過去のこと、ほとんど忘れるんですよ。だから、その場、その場で集中してるから、印象的な出来事って言うと、本当、今ですよ、今。今こうやってしゃべってることが印象的。一番。
司会 分かりやすい方ですね。非常にね。増田さんは、10年以上前より世界一の企画会社を作ると発言されていましたが、企画に必要なものは、個人の感性より情報であるとも発言されています。先程もありましたよね。増田式情報キャッチ方法はどんなものですか。
増田  簡単です。好かれるっていうことです。人に好かれるという。
さっきので間違いがあるのは、「心より情報だ」みたいなこと言ってたけど、企画会社をやる為の要件って3つあるって言ってるんです。
いわゆる企画というものをお金に変える仕事では、実際世の中そうなってるんですよ。  例えば、皆さん方が買っていらっしゃるウィンドウズは、あれはウィンドウズを買ってるんじゃなくて、ウィンドウズというソフトを買ってるわけだし、僕ら が払ってるのは、ロイヤリティだから。
そういう企画に対してロイヤリティを払う。物じゃなくてね。映画もそうです。皆さん方が払ってる入場料とか、あるいは、レンタル料金というのは、あれは全部ロイヤリティですから。
情報価値に対して、皆さん方がお金を払ってる仕組みで動いているんです。今、世の中って。  そう考えた時に、そういう「ロイヤリティをいただけるものを作ろう」、「それで、僕は生きていこう」。
だからTSUTAYAが1,000軒あっても、僕らが直営でやってるのは、40軒位しかないし、CCCの100億円の売上っていうのは、ほとんどロイヤリティなんですよ。
加盟店さんの売上からもらうロイヤリティは、何でもらっているかと言うと、そういうノウハウを提供している、企画を提供しているってことなんです。そうい うことをやろうと思ったときに、3つ要件があると思ってて、1つは企画をする為の情報、出来ればそれは世界一の情報、それが入ってくる仕組みを、絶対作ら ないと生き延びれないっていうふうに僕は思ってるし、じゃあ、情報があったらいい企画が出来るかって言ったら、そうじゃなくて、そいういう情報を加工する 人間がいるし、例えば同じ話を情報として聞いても、次のアクションって人によって違うわけだから、そういうアクションをするDNAを持ってる人、僕は「高 感度人間」って言ってるけど、そういう情報をプランに置き換えられる人というのが2番目の要件。3番目が安定収入、安定収入のない会社が企画をお金に代え ようと思うと、だいたい、やりたくない仕事ばっかりやって、情報が入って来なくなる。家賃と人件費払う為に、わけの分からない設計とか、わけの分からない コンサルティングやって、その1ヶ月を無駄に過ごして、結局行き詰まってしまう。だから1ヶ月自由に遊べるお金が、毎月毎月入って来るような仕組みがない と、企画会社としては絶対成長できないと思ってる。そういうことだから、情報と、高感度人間と、安定収入ということが必要。ところで質問なんでしたっけ?
司会 増田式情報キャッチ方法。
増田 キャッチ方法?じゃあ、「情報集めたらいいのか」って言ったらそうじゃないんですよ、僕の方法 は。集めるっていうのは、自分の理解の領域で意識的に動くことなんです。こんな情報集めなきゃ、あんな情報集めなきゃって。すなわち、そこで書いた理解の 中でその人がいくらアクセク努力しても、それは所詮、知れてるんです。そうじゃなくて、「増田これ知ってるか」って言ってもらえる人、ペリカン便みたいに 情報持って来てもらえる人が勝つんですよ。最終的に。それが何かって言ったら好かれるっていうことなんですよ。「あいつに情報渡してあげよう」って思われ る人かどうか。「あいつに情報渡すとすぐ利用して、自分の物にしちゃう」と、「あいつゲットばかりして、テイクばっかりして、ギブしてくれない」というこ とでは好かれない。じゃあ、好かれる秘訣は何かって言ったらギブすることです。徹底してギブする。そうしたら、たまには返って来る。自分の領域外の、「増 田こんなの知ってるか」というのが来るわけですよ。それが一番の情報ゲットの方法。だから発信すること。秘密を持たないこと。
司会 秘密なさそうですものね。何でもかんでも。 生活提案業のコンセプトは、突き詰めた話が、「カッコイイことであることの追求である」っていうふうに本の中でかいてあるのですが、カッコイイことっていうのは、結構、生きていく中で重要視していらっしゃいますか。
増田 やっぱり理屈抜きで、いい人だなとか、カッコいい会社だなとか、瞬間的に、「この人、いい人 だ」と思ったり、「この人信用出来る」とか、「この人カッコいい」とか、「この会社おもしろそう」とか、その背景っていうのは、水面下を漕いでるかもしれ ないけど、パッと見た瞬間、「すごい」って感じることが一番大事なことじゃないでしょうか。コミュニケーションってそういうもんでしょう?
司会 そうですね。何か、ご自分の中でも何かありませんか。多分、皆さんご覧になっていて、増田さん がパって入って来られて、「面白そうな人だな」、「話しやすそうだな」って多分、皆さん思われると思うんですよね。それはご自分の生活の中で、これまで 育ってこられた環境の中で、こういう所でこういう人格が形成されたんじゃなかなって意識されることってないですか。
増田  必要は発明の母でね。今、偉そうにカッコ良く言ってるけれども、僕がTSUTAYAを始めた時、最初、大阪の枚方で1軒でやってたんです。
昭和58年ね。結構成功して、キャッシュフローがボンボン出て、その翌年、またやったわけです。3軒またやって、また成功したわけです。ところが、お金持ちじゃないから、借金出来なくなったわけです。
もっと、次、店出したくても、このまま3軒成功して、小金持ちになるのもいいけれども、僕は色々なビジネスを東京でサラリーマンとして経験していて、「ビ ジネスには絶対競合がある」、「勝てる理由のない会社は絶対つぶれる」と思ってたから、儲かれば儲かる程、リスクに感じてた。自分を。こんなキャッシュフ ローのいいビジネスを放っとく筈がない。
だから、どうやって守るかって言うと、攻めるしかなかった。だから、枚方で一番とか、大阪で一番になるんじゃなくて、世界で一番にならないでは生き残らな いと思ってたんです。真面目に。だから、お金がなくて、世界で一番になるにはどうしたらいいだろう。それには「人の力を借りること」だと思った。  フランチャイズに切り替えて、だけどフランチャイズって日本でうまくいってるとこ少なかったから、こんな普通の暖簾貸しとか、ノウハウだけじゃ、口で言 うのはカッコいいけど、絶対続かないなと。自分がフランチャイジーだったら絶対離脱するなと。じゃあ、御利益とか有り難みがなきゃ続かないなと思って、コ ンピュータ買ったんです。一番最初に。
加盟店ゼロの時。それで、まず、1億円のコンピュータ買ったんです。
司会 1億円?
増田  1億円のコンピュータまず買いました。コンピュータ買って、それで、今、言ったようなシステムを最初に作ったんですよ。
フランチャイズ1号店からそんなことだったんですけど、その時に、やっぱり1億円のコンピュータからちゃんと機能するまでフランチャイズが必要じゃないですか。
そうすると、やっぱり背に腹は替えられないから、一生懸命しゃべるようになります。一生懸命しゃべる話をそこら中でやってると、多少の話術は身につくわけです。
僕、本当はしゃべりが下手で、皆、信じてくれないけれど、しゃべり下手、音痴、人前出るの嫌っていう性格だったから。僕のコアは物凄く人見知りするし、本当は。DNAで言いますとね。
さっきもお話したように、増田組三代目だし、色街育ちだし、本当にわからない状況がまわりにいっぱいあったわけです。
皆さん方が常識だと思ってることが、実は非常識みたいな、大概のシフトっていうのは僕の中では当たり前なんです。
本質は何なのかっていうことばっかり見る癖は付いてたから。小っちゃい時から。そんなのがあるのかもしれない。
司会 スケールが違うんですよね。何か小さい頃から。
増田 それが普通だと思ってたから。
司会 だって、ディレク・ティービーに200億円投資して、損して当たり前だというか、事業っていうのは損をすることから、まず考えなきゃいけない、捨てていいお金を投資するっていうことなんでしょう?
増田 弱者が闘う時ってね、理解の領域では絶対闘えないんですよ。強い人の方が強いから。分かります か。分かるフィールドって絶対に弱者が入っていっちゃいけないんですよ。弱者が入るっていうのは、強者が見えない所、すなわち理解の領域を超えた、いわゆ る新しいマーケット、新しい変化。皆が見える所でやっちゃダメと、見えない所でやるっていうのが弱者のセオリーなんだけれども、当然皆やったことないか ら、リスキーなんですよ。リスキーが前提の時にどうやるかって言ったら、失敗してもいいような範囲でしかやらないっていうことです。唯一成功することは。 でないと、それ失敗したら終わっちゃうなんてことになったら、すごいプレッシャーになるでしょう。その範囲は絶対にやっちゃ駄目なんですよ。皆さんが、 ひょっとして脱サラをやりたいとかっていうふうにお考えだったらね、1つメッセージがあります。
司会 はい、是非。
増田 マーケット戦略。何をやりたいか、どういうことで独立したらいいかっていうことを言っておきま す。それは自分の力で一番になれる商圏と商品を選択することなんです。自分の力で一番になれる商圏、もしくは商品を選ぶことなんです。これがマーケッティ ングの基本なんです。いくら大きなマーケットがあっても、自分の力で一番になれない所に行ったら、叩き潰されるんです。これは競争に負けるっていうことな んです。そこで一番になったら必ずお金が入って来るから自分の力がエスカレートしてくるんです。そのエスカレートに合わせて商圏と商品をレベルアップして いくんです。これがマーケティング戦略です。
司会 そういう意味では、皆が入って行ける余地はありますかね。自分が一番になれるものを見付ければ。
増田 それが基本ですから。そうやって見たらいっぱいありますよ。
司会 これからまだ考えていらっしゃる企画をそれこそありますか。
増田 いっぱいありますよ。インターネットの世界ってそれこそ時代の変化だから、1人で出来る仕事、山程あるから。
例えば、翻訳っていう仕事で、今、アメリカでヒットしてるおもしろい仕事があります。翻訳を業としてサラリーマンでやってる人はたくさんいますが、そうい う人が、自宅へ帰ってインターネットへ登録しておくわけです。「私、翻訳できます」って。かたや仕事を取る営業窓口があってそれインターネットで流すんで す。それで、このレベルでこのページだと、いくらってレート決めておいて、世界中の人間に翻訳をディストリビューションする人がいるわけです。1人でやっ てるんです、それ。世界中の翻訳する人をネットワークして。僕も英語の仕事が多いけど、英語がわからない。だから翻訳と通訳ってものすごいニーズがあるん です。
司会 パッとやってくれるわけですね。世界中で。
増田 そう。世界中で。そういうことを考えたら、そりゃ1人で出来ることっていっぱいありますよ。
司会 ということで、チャンスはいっぱいありそうですが。えー、鈴屋でサラリーマン生活を10年された増田さん、今、20代、30代の方に対して言いたいこと、思うことってありますか。
増田 アメリカのベンチャーキャピタルがあって、経営者が投資する対象はこういうルールで投資するっ ていうことが決められています。そのルールの第一条では、35歳を超えた経営者の会社には投資しちゃいけないというふうになっているわけです。僕もサラ リーマン時代に、「増田おまえ何かはじめるんだったら35までにしろよ」って言われました。何でですかって聞いたら、35過ぎたら、毎日毎日の苦労が疲労 の蓄積になる。35までは苦労がどんどんエネルギーになる。35っていうのはターニングポイントだから、体の。35までは、毎日元気だから。毎日元気な意 識の中でやっていかないと、ああいう新しいマーケットでガンガン闘っていく時にポジティブシンキング出来ないです。例えばものすごいタフネゴシエーション があって、一晩寝て、次の日疲れ残ってたら、ああ嫌だな今日も、みたいな感じになるけど、35までだったら苦しいことは全部自分の糧になるみたいな、自分 はいつか世界一になってやるみたいな、そんなこと思えるんです。
司会 今も思っていらっしゃるでしょ?
増田 思ってますよ。それは、もう惰性でね。この浮世にやってるけど。だからそういうことで、35過ぎたらレールの上走ってるっていうふうにしないと、35過ぎてからどのレールに乗ろうかな、なんて考えちゃ。
司会 駄目ですか。だって蔦屋始めたの32歳ですものね。私32なんですよ。
増田 ラッキーイヤーじゃないですか。
司会 もうちょっとあれですね。どうですか、皆さんはまだ若そうですよね。
増田 若いんじゃない?これは僕の独断だから。
司会 そうですか。いや、いつまでたっても世界一を目指して頂きたいと思いますが、増田さんの座右の銘を聞かせて下さい。
増田 さっき、秘書に聞いたんです。俺って座右の銘あったっけって。自由かな。自己責任の自由。究極的に僕の生き方って何かなって言ったら自由だと思うんですよね。
すなわち、辞めたかったら辞められる。あるいは何かやろうって思ったときに出来る。皆さん方が、自由に生きてるか、生きてないかの目安にしたらいいのは、 やりたいことがやれてますか、やめなきゃいけないことをやめてますか、ということです。こんな会社にいちゃ駄目だと思ったら、すぐ辞めるとかね。
司会 決断が必要ですね。
増田 そうそう。こういうやらなきゃいけないことをやるとか、やめるとかっていうことが出来るっていうことは本当に責任を果たしてないとできないんですよ。
そういう意味でそれを本当にやるっていうことは結構大変なことだから、自由っていうことを実現するって物凄く大変のことおなんで、それにチャレンジしてるっていうのが僕の生き方かな。
司会 分かりました。会場の皆さんから質問をお受けしたいと思いますが、質問のある方。何もありませんか。いかがですか。はい、どうぞ。
質問者
社員600人に対して、新しく新入社員を300人採られたっていう話がすごく印象にあるんですけれども、その300人をどう教育してますか。
増田 僕は同志社大学なんですけど、大学の時に音楽のクラブをやってたんです。クラブという集団生活みたいな、その時の風景が僕が一番素敵だと思ってる組織なんですよ。
そういう組織をいつもいつも作りたいと思ってたんです。そういうふうにやってるつもりだし、皆さん方が来られたらきっと、何だ学校みたいだな、ということ になると思いますけれど、そういうのが僕の憧れているイメージなんです。 何で300人採ったかって言うとすごく簡単で、これ言うとよく新入社員から怒られるんだけど、結局さっきお話したように、知的生産革命っていうのをやらな かった会社は生き残らないんですよ。
多分。つまりコンテンツを生み出すのは、物作るのは、今までは職人だった。プロデューサーとか、コーディネーターとか、色々物作る人って職人さんじゃない ですか。今でも。それがある種、物時代の産業革命以前だと思うわけ。ところが情報の時代では、僕は素人でも映画を作ったり、素人でもマーケティング戦略 作ったり、テレビのコマーシャル作ったりできるはずだと思っているんです。でも道具はどんどん発達しているけれども、人間の方が全然ついていってないと僕 は思うんです。この人は誰々さんとかって人に帰属してるでしょ。そういうのは全然知的生産革命が出来てないと。じゃあ、どうやって知的生産革命やるかって 言ったら、付加価値のある企画を生み出すことが、僕はこれからの仕事だと思うんですね。それを誰がやるかって言うと、人がやると。今まで出店の企画ってい うのは、職人さんがやってたんです。ところがうちで使っているマーケティングシステムがあったら、素人でも正しく出店出来るんです。正しく。あるいは、ど ういうふうに品揃えしたらいいんだっていうのも、情報をアクセスするネットワークみたいなものがあったら、この人はいい企画出来るんですよ。ただ、じゃ あ、誰でも情報さえあったらいい企画出来るかって言うと、やっぱりその人のプログラムが一つ必要です。つまりある種、経験とかノウハウってやつですね。そ れを全部、今、DVDに入れようとしてるうんです。例えば、番組調達の仕方とか、あるいは、ネゴシエーションの仕方とか、あるいは、うちの関係で版権扱っ てる所があるんで、版権の買付の仕方、テレビ化権を売る売り方、そういういろんなルールありますよね、世の中には。ノウハウ関係は全部DVDでアクセス出 来る。こういう企画っていうのは、ゲームと一緒で、仮に原価が5億かかったら、それが20億になるかって言うとそうじゃなくて、5億かかっても売上が3億 の場合もあるし、5億なのに100億いっちゃう場合もあります。制作原価と売上の関係、こういう知的生産物っていうのは全然アンバランスだから、ここの限 界利益の正しい配分を個人にしてあげる仕組み、この3つをちゃんと会社として持たないとこれから個人っていうのは会社に帰属しないんですよ。だから会社が 個人にしてあげられるのってこの3つなんです。情報共有インフラをあげる、それからノウハウ共有インフラをあげる、適正ビジョンの配分、この3つをやれる 所しか生き残らないと僕は思ってるわけですよ。情報化社会っていうのは。物凄く難しい、理屈っぽい話だけど。これが会社としてやるべきことだと。ならば、 じゃあ、CCC出来てるかって言うと、一部出来てるけど、まだ全然出来てない。ならば300人の新人入れて、こういうことをやらざるを得ない環境を作って しまえと、そしたら皆やるだろうと思って入れたんです。だからまったく新人の子が10年のプロと闘える土俵をつくれるかどうかというのが僕らのビジョンで す。面白いでしょう。学生気分でプロフェッショナル。知ってることが偉いんじゃない、心を機能させた人が僕は偉いって思ってて、その辺の社会を僕は実現し たいなと。情報ギャップで偉そうにするなみたいな。
司会 あの、日本ってベンチャー企業が育たないというふうに言われてますよね。でもそれは社会のシス テムがそういうふうになってるので、それを改善しなきゃっていう意見もあるけれども、増田さんはやっぱり心を機能させる人間自体がまだ育っていないんだっ ていうことですか。どちらかというと、どうなんでしょう。その辺は。
増田 皆ね、学生の時ってすごく純粋でしょう。人相もいいし、ボーっとしてる人もいるけど、基本的に はいい顔してる人が多いですよ。例えば学園祭で何か催し物やったらすごくいい顔してるし、嬉しい事があったら嬉しい顔するし、悲しい事があったら悲しい顔 するけれども、就職した途端に物凄い割り切るわけじゃない。バシッて、こんな世界は違うんだって。僕は違うと思う。学生時代こそ本当の人と人との関わり で、特にこれからの情報化社会になったら、そういう感性そのものがもっと大事になるから、そんな事で集団を無能にしてきた組織のありようっていうのは、絶 対社会が今度は受け入れないと思うんです。だから変わったんですよ、きっと。情報の時代になったっていう事がすべてのパラダイム変えていくと思います。だ けどその事って不愉快なんですよ。既存体制の人とか、あるいは、既存体制に馴染んじゃった人からは、それが不愉快なんです。僕はかなり洗脳されてるから。
司会 じゃあ、もう経験とか組織とかシステムとかじゃなくても、これからは心にかかっているという事ですね。脳みそ働かせて。皆さん他によろしいですか。最後にもう一問だけ、是非これはというのがありましたら。はい、お願いします。
質問者 多分、皆、今日こういう所に来ているのは、いろんな意味で挑戦したいと思っているんですけれど も、まず、今日すごいパワーを皆感じたと思うんですよ。どうして自分と違うのかなって皆が思っているんですね。さっきおっしゃってましたよね。自分はシャ イな部分もあるとか。それが、今、流通革命っていうのがあるんですけれども、自己革命っていうのが自分の中に対しては、歴史的にあったのかなと。自分の 持って生まれた部分と、それから、今いる自分との変化っていうのはどういう所からきたのかっていうのを、その辺を教えて頂きたいんですけれども。
増田 全部言葉にしてしまうと、むなしいんだけど、人間が一番優れて持ってる能力って想像力。目閉じ て、世の中ってどう変わるんだろうとか、自分は何がしたいんだろうとか、世の中の変化ってどうなんだろうって考える力、皆持ってますよね、人間って。だけ ど本当に目をつぶってね、真剣にそういうことを考える時間を一日にどの位持ってるかっていうのを考えてみたら、皆、ほとんど持ってないじゃないですか?あ れやらなきゃ、これやらなきゃ、あれやらなきゃ、これやらなきゃって、気が付いたら、一年終わってたりするわけです。本当に人間って何だろうとか、俺って 何がしたいんだろうとか、家族って何だろうとか、そういうことを真剣に考える時間を持てるんですよね。朝ちょっと早く起きたら、あるいは、寝る時間に ちょっと考えたら、風呂入ってちょっと考えてると。そういう時間を持つこと、考えることって出来るから、それを絶対使うと元気出て来ると僕は思うんです。 僕の体験的なことで言うと、僕はここに傷があるでしょ。これは幼稚園の時に三輪自動車に跳ねられたんです。跳ねられて足が引っ掛かって、引きずられたんで す。こっち側がズルズルって擦っちゃって、お岩みたいになったんです。こんなふうに、幼稚園の頃。それ以来、僕は増田組三代目だし、僕付きお手伝いさんも いたくらいだから、皆、僕のことを腫れ物に触るみたいに大事に育てたんです。僕ちょっとこっち側に傷があって、こっち0.1って目も悪いんだけど、右手も 使えなかった。右半身不随だったんです。それで、皆、大事にしてくれて、中学校くらいの時にフッと気が付いたのね、自我が目覚めた。オカマみたいになって たんですよ。言葉全部女言葉。うちとか行って、歩き方もこう内股でね。そういうことで当然いじめられっ子だったわけですよ。色街でボコボコにどつかれた り、そういうことがあって、それで、高校に入った時に、体弱いからこれじゃ駄目だと思って、レスリング部に入ったんですよ。一番しんどいレスリング部に。 朝はマラソンして、昼はバーベル上げて、夜はスパーリングっていうのをやるのが凄いきついクラブで、そこへ入ったんですよ。そこのバイスキャプテンがうち の常務やってるんですけどね。当時は首、ヘッドロックをガーっと絡まれてギブアップ、ギブアップってこんなんなって、今はもうオラーってやってますけど ね。経営の面では。それまでは虚弱体質でボロボロで、本当に自殺するっていうのが良く分かるっていうくらい、僕はいじめられっ子だったわけです。ところが 高校生になって強くなるじゃないですか。そしたら、そのいじめっ子がある時僕とすれ違って、何かの拍子に喧嘩になったんですよ。それで、やっつけちゃった わけですよ、その日。それから僕の人生変わったんです。何でもやったら出来ると。しようもないことなんだけど、当時の僕にとっては革命的な出来事。だか ら、人間ていうのはチャレンジしていく力があるから、諦めないで何かやっていったら絶対道ひらけるみたいなことが僕の根源にありますね。
司会 そのときのエネルギーが、今、爆発しているところなんですね。最後にいい質問をして頂いて、ありがとうございました。今日ちょっと目を皆さん閉じて、夜ちょっと考えて頂きたいですね。時間になりました。どうもありがとうございました。(拍手)。
増田 どうもありがとうございます。これからもTSUTAYAとディレク・ティービーを宜しくお願いします。(拍手)。
司会 それでは、もう一度、大きな拍手でお送り下さい。(拍手)。どうもありがとうございました。
皆さんには机の上にあるご記入いただければと思います。
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